紅白歌合戦
隣の部屋から聞こえるけど、なんだか騒々しい…
今年は特に静かに年末を過ごしたい。

紅白歌合戦…
どれくらいの人が見ているのだろう?
少なくとも自分には全く興味がない…。
楽しみにしている方々がいるのはそれはそれで良いとは思っている。

テレビを見ていると誰が出場するとか、盛んにやってるけど、気にするほどのもんじゃない。

しかしながら最近、これだけ世の中が国際化、多様化しているというのに
マスコミって何だか昭和のままに感じる。

未だに、「巨人、大鵬、卵焼き」のまま?みたいだ。

同様に感じることは他にもある。
私も野球は好きだった。.

でも、このところ、野球人口が減っている!とかで、野球関係者からやマスコミも
由々しき問題だと、語られる節があるけど、これだって、もともとかつては巨人、大鵬、卵焼きで
スポーツと言えば野球が花形だった時代はとっくに過ぎているわけで
シェア独占していた市場が開放されてしまえば、拡散していくのは仕方がない。.
同様に子供たちの興味だって今やスターは野球だけに存在するわけではない。

その上、野球だけは聖域みたいに、暴力は消えつつも指導者からの「馬鹿、死ね」
なる暴言は当たり前の状況が罷り通っているようでは、離れていくのも当然と思えるし、
それに気づかない大人たちの方が多いのも不思議だ。
しかも子供は減っているし。

そんな理不尽な思いに耐えなくたって、子供達には楽しい事が世の中溢れている。

逆にそこに気づかないんだから、減少したって仕方ないと思えてしまう。



また、よく、国民的なんとか…とか言うけど、もう死語じゃあないかな…

大体、国民的…って定義はなんだろう?

かつては美空ひばりさんやら、力道山さん、ファイティング原田さん、長嶋さん等々の存在は、確かに日本全体が注目して元気づけられていたのではないかと思うし、国民的!という存在だったんだと思う。

しかし、今現在、国民的アイドルグループの〇〇が・・・とか言われると違和感を感じる。
解散しようがしまいが、誰が集団から抜けよう卒業しようが、引退しようが気にもしてない人の方が数としては多いはずだ。彼らの一挙手一投足に国民全体が一喜一憂しているがごとくに新聞やメディアが取り上げるのは理解に苦しむ。
もっと知らなきゃならないことは他にたくさんある。


そしてオリンピックだってそうだ。
実際に始まれば、やっぱり自国のアスリートが活躍してほしい!と願うのは当然だけれど
2020年に日本で…東京で行われることにそんなに意義があることなのか、と疑問に思う。

復興五輪?

どこの復興?

実際にこの四年間で東日本沿岸部を北から南…余暇を利用して八戸から千葉の犬吠埼まで歩き切ってみたけど、被災地の復興より、2020年に向けての東京の整備の方が着々なのを実感。

都内は公衆便所のレベルから格段に綺麗になっているというのに…。
被災地の復興のスピード感の違い歴然としている。

なんなら選手村、仮設と同じプレハブにしてみたらどうかと思う。

安易に【復興】のキーワードを垂れ流すのは不快でしかない。

沿岸部ををこの四年間歩き続けて数多くの方々と出会ったけど、少なくとも「東京オリンピック」に期待している!という人に出会ったことは一度もない。

それに、今の時代、どれだけの割合でオリンピックに国民の興味が向いているのかな?
前回の東京オリンピックとは意義の重さがまったく変わっていると思うのは私だけだろうか?

テレビや新聞なんて今や真剣に見てないけど、こんな単視眼的では世界から取り残されるんでは?と危惧を覚えながら、パソコンに向かって一年の総括をしようと綴っていたら、新年になっていた。

年内に吐き出して新年を迎える予定だったけど、まぁいいや。

ついでに我が母校の大学も社会貢献事業を被災地支援からベクトルをオリンピックにシフトしたらしい。
なんか日和見的に見えてがっかり。


2018年はボヤキからスタート(笑)