2日目(その3)から続く〜

防潮堤

震災の傷痕生々しい田老球場を離れ
万里の長城…と称されていたという巨大な防潮堤へ上がってみる。
防潮堤2
万里の長城をも乗り越えた状況が拡がっています。
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防潮堤からは震災遺構として有名な たろう観光ホテルも見えました。
田老観光ホテル

ここまで来て初日に久慈の諏訪神社の神官の方がお話しされていた
傷痕…を目の当たりにしました。
3年経過していても、この状態なんですね。

東京オリンピックの選手村も仮設にしたら?なんて考えちゃいました。
または2020年には、被災地も完全に「復興」が実現しているといいですね。


この時点で16時頃になっていました。
田老周辺で今日の宿泊を…と考えていましたが
そういう場所はありません。
探してみますと、ここから10km程のところに
国民休暇村 陸中宮古がありました。

電話してみますと、とても電話対応のよい女性が出て
「和室なら空いてます」とのこと。
歩けば約2時間ほど。
まぁ18時前後に付けばよし!てなことで今日の宿は
ここに決めました。

日が暮れる前には辿り着かないと去年の秋のようなことになりかねません。
早速、国道45号線に出て目的地を目指します。
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田老トンネルと続くトンネルをいくつか抜けると国民休暇村の表示が出てきました。
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中の浜方面へ
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女遊戸(おなっぺ)海水浴場と読むそうです。
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昭和36年にフェーン現象による大火災があった…という石碑が。
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その海水浴場方面へ向かいます。
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新防潮堤の看板
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一部拡大。高さ12.5m。
女遊戸防潮堤



















土台の杭のところでしょうか?溜まっているのは、雨の水ではないようです。
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浜に出てきました。
ここで17:24。薄暗くなってきているので、急がないと…
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先ほど県道を左に折れてから人とは誰もすれ違いませんでした。
薄曇りの誰もいない海水浴場を過ぎると…
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オープンを待つばかりのこちらの公園が登場しました

時間が気になりましたが、中はそのまま開放されているので、
少々見学に…
中の浜震災メモリアルパーク

ここは元々キャンプ場だったそうです。津波に襲われた施設をそのまま数か所遺構として残していました。
中の浜公園2

中の浜3

誰一人としていない公園。
近くの浜から聞こえる波の音しか聞こえず…
当時を想像すると、胸騒ぎがします。
この写真の斜面上方に見える四角いボードの位置まで津波が到達したと書いています。
中の浜4

キャンプ場の炊事場の跡
中の浜5

高い枝の場所に漁具が引っかかっています。
あの高さで17.3メートル。要はそこまで波が来たというわけです。
5階建てのマンションを有に超える高さになります。
中の浜6






















その脅威を再認識しながら公園を後にしました。
ここから宿までは約2km程。
今日は少し心理的にへヴィな行程にもなりましたし疲れも。
残り2kmがしんどく感じます。
この段階では少し応える坂が見えてきてゲンナリ…
どのくらい続くのかな〜なんて思いながら
アップテンポな音楽をBGMにして奮い立たせます!
予定通り田老を出てから約2時間で到着。
国民休暇村陸中宮古

ひとっ風呂浴びて翌日に備えます!
3日目へ続く